Storys

ーさいごの初めての人ー


ハートのエースに描くこと

#1

「予定がある」と言っていたのに

その時間になってもなかなか帰ろうとしない。

「これ以上付き合わせるのは申し訳ないから」とやっと改札を抜けたけれど

やっぱりそのままバイバイとはならなくて

それぞれのホームに向かう前に、また立ち止まって話した。


「もしよければ付き合わない?」

の言葉までずいぶんあったのと、

周りがざわざわしていたのと、

今は焦って恋人を探していない、とカフェで言われたショックが残っていて

自分の回答もかなり遠回りになってしまった。


#2

焦らなくてもいい人が現れるから。

と、人生の先輩たちは言ってくれていたけれど、

それが明日なのか1ヶ月後なのか1年後なのか、

そんな日は永遠にこない気がしていた。


受験の失敗を失恋のせいにはしたくない。

だけど、一方的な恋はもうしたくない。

特に、人生において大切なときには。


夏には留学も決まり、

前に進んでいるのにどこか停滞しているところがある。

大好きな絵を描くことでも埋められない物足りなさと焦りの中で足踏みをしていたら

彼女が誘い出してくれた。


#3

「ほんとうにこんなことしてくれる人がいるんだ!」

という驚きと幸せを彼女はくれる。


帰省前に初めて手紙をもらったときは嬉しくてとにかく誰かに話したくて、

恋愛話を避けていたお母さんに見せてしまった。

今思い出すだけで涙が出てくる。


手紙を超えるものを返したくて、

相当悩んでトランプを贈ることにした。

英検が受かるお守りとか、

好きなところ①とか、

1枚1枚、柄や数字の隙間にイラストやメッセージをかいて、

一度に全部は埋めきれなかったけれど、

箱を開けたのがバレないようにまた封をして。

初めて一緒に旅行に行ったときに

「トランプしようよ」と言って渡した。


一番喜ばせたい人を笑顔にできる。

だから私は絵を描くのが好きだ。


#4

彼女のセンスは少し変わっている。

初めて会ったときはジャージだった。

もちろんそれがあえて外したおしゃれという主張は分かるのだけど、

「すっごいかわいい。だけどジャージの人」

というのが私の第一印象。


ふたりでお酒を飲むときに使っているフグ柄のおちょこは

最初に見つけたとき在庫がひとつしかなくて、

どうしてもペアでほしい!と店中を探し回った。

別の日、たくさんのフグが入荷されていて、とっくりと3点セットで揃えた彼女はすごく満足そうだった。

でも、飲むのは日本酒じゃなくてワインとかなんだけど。


一緒に勉強して、

一緒に映画に行って、

一緒におしゃれをして、

一緒にアクセサリーもつくる。

海外旅行もグランピングもしたい。


初めての思い出が増えるたびに

また好きなところが見つかる。

そしてそのたびに残りのトランプに、

また1枚描き足していく。

54枚埋まったら、ふたりで2箱目を開けよう。


上野駅の前置き

#1

何事も準備を万端にして進めたい派だ。

完璧主義なところは自分でも認める。

だけど、初めての告白は計画通りにはいかなかった。


恋人ほしい?

と聞かれて「今は焦ってない」と答えたのは、

ストレートにほしいと言うのが恥ずかしかったし

好きばれしたくなかったから。


「付き合ってください」とは、

会う前から伝えようと思っていたし、

シンプルに決めるつもりだったのに

タイミングも伝えかたもぐだぐだになってしまった。


ゴッホ展を見終わって、

くねくねと上野の街を寄り道した。

だけど、時間稼ぎも駅までが限界だった。


改札を抜けて、もし彼女がそのまま足を止めずに「じゃあね」と行ってしまったら

今日言うはずだった言葉を飲み込んで手を振るしかなかったかもしれない。

でも工事中のために少し天井が低くなっているところに溜まり場を見つけ、

初めてのデートを名残惜しむかのように立ち止まってくれた。


年末の上野駅は忙しなくて、

発着を告げるアナウンスは止まないし、

のんびり歩いている人はひとりもいなかった。

流れが止まっていたのはふたり分の空間だけで、

「早く」と急かさなかったのは彼女だけだった。

そして、長すぎた前置きをじっと聞いてくれた。


#2

だから2日後に2回目のデートをしたときには手紙を用意した。

今度はシンプルに。

家でゆっくり考えて書いてきた。

「付き合ってくれてありがとう。これからもよろしくね」と。

白い封筒は汚れないように茶封筒に入れて。

ハートのシールが手元になかったので画用紙に描いて切り抜いて貼った。


1ヶ月記念のデートでは

予約したお店にメッセージプレートを頼んでおいて、1本のバラを渡した。

きっと彼女はお花をもらったら喜んでくれる人だと思ったから。


#3

彼女と初めて会ったのは12月の半ばすぎで、友達の紹介だった。

無理に恋人をつくろうとは思っていなかったけれど

ジングルベルが流れる街で無駄な感傷に浸りたくはなかったので

クリスマスはサンタのいない国への単身旅行をすでに決めていた。


出会いを求めて行ったわけではなかったし、

気合を入れていると思われたくなかったからあえてカジュアルな服装を選んだのに、

彼女はきれいなドレスを着て現れた。

慣れないバーで足を浮かせながら友達を挟んで自己紹介した。


2軒目のお店で試した相性占いで

なぜかふたりは大恋愛をしやすいという組み合わせになった。

だから意識をし始めたわけではないけれど、

それがきっかけで話をするようになって、

「ハモる」場所があることに気付いた。


ふとハミングした歌が一緒だったり、

自分がまだ口にしていない心の内を彼女が言葉にしたり。

そんなのは偶然だとか気のせいだ、と思わなかったのは

彼女もそうだと言ってくれたから。


1週間後、友達に誘われたイベントでまた会った。

「静かなとことに行きたいね」と外に出て、毛布にくるまって話した。

「寒いからそろそろ戻ろう」とはどちらも言わなかった。

気付いたら3時間も経っていて、すごく満たされたのに物足りなかった。

また会いたい。今度はふたりで。

帰国後に、デートの約束をした。


#4

最近、彼女が少しずつ部屋を荒らしてくる。

ホテルのように余計なものがない部屋が理想なのに。

巣作り本能なのか、何か痕跡をのこそうとしているのか、

ただ単に片付けが苦手なのか。

完璧な状態がキープされないのは多少気になるけれど、仕方ない。


ぜったいこうあるべき、

と決めつけないところが好きだし

だから私を好きでいてくれるのだろうから。

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age(22), gender identity(Female)

age(23), gender identity(Female)


ーつまらない距離感ー


矢印の向く方に。

#1

2008年12月27日。

歌舞伎研究会の大きな舞台がおわった。

息つく間もなく、新体制で4月の新入生歓迎に向けての稽古がはじまる。

新しい会長には自分がなると決まっていた。


その前にやっておきたいことがあった。


2月1日。

映画に誘った。

映画科の自分が、映画好きな油絵科の先輩を映画に誘うことは

デートとは思われていないみたいだった。


それでもいい。

今日の目的は、「すっぱり振られること」。

浮ついた気持ちで新しい稽古に入りたくなかった。


「あぁ…」

そのトーンはいつも通りだったけど、

「いいよ」

そのあとに続いた言葉は予想外だった。


#2

付き合うことにはなったものの、

ふたりの関係は小道具係と小道具係補佐から会計と会長になっただけで、

その距離は変わらなかった。


すぐに別れるだろう。

周りも自分もそう思っていた。


家に誘っても来てくれない。

電話したいと言っても断られる。

たまに仕事のようなメールを交わす。


それでも待つのは辛くなかった。

恋愛対象に見られていないとわかっていたし、

しばらく待てば「この日のこの時間なら電話できる」と返してくれる。

ただし、会話が途切れるとすぐに切ろうとするのは今も変わらない。

そういうのは、間を楽しむものなのに。


#3

歌舞伎のくさい表現が好きだ。

他の舞台を見ても物足りない。すべて薄味だと感じてしまう。

今でもふたりで舞台を見にいくと

やっぱり歌舞伎が一番だね、となる。


大学卒業後、サラリーマンをしながら三味線弾きを目指した。

30までに子どもを産みたいという彼女を待たせたくはなかったけれど

中途半端なままではプロポーズできないと思った。


「うまくいかなければまた会社員に戻ればいいんだから」

彼女は僕が会社員でも三味線弾きでもいいらしかった。


そういえば、“小さいのにしっかりしたいい先輩”が女性として気になりだしたのも

「この芝居ができたのは君がいてくれたからだよ」

と、舞台後にかけてくれた一言からだった気がする。


距離感は相変わらずだったけれど、

自分を見てくれていることが嬉しかった。


#4

2014年2月1日。

初めての彼女は妻になった。


褒め言葉は雨のように、

毎日通りすがりに愛していると伝えているのに、

一言も刺さっている気配がない。


自然の多いところでの新生活がはじまったら、

もう少し振り向いてくれるかな。

車も買っていろいろなところに行こう。

ふたりで妄想を現実にしていく。

わくわくする生活がイメージできている。


この10年、ふたりの距離感は大して変わっていない。

それを不満に思ったことはない。


遠くても近くてもいい。

そばにいてくれればいい。


そんなに扉を叩かなくても。

#1

「そろそろ手はつながないの?」

新宿で告白されてから1ヶ月くらいたって、

赤坂でデートをしたときに聞いてみた。


「恥ずかしいから腕組みがいい」

せっかく少し近づこうとしたのに、

変なところでかっこつけてくる。


「先輩呼びはやめよう」

夕食を食べながらのこの提案は受け入れられて、

やっと名前で呼び合うようになった。


#2

恋愛にそもそも興味がなかった。

将来は島に行ってひとりで暮らすものかと思っていた。


「だまされたと思って付き合ってみなよ。」

親友の助言にしたがって、とりあえず「いいよ」と言ってみた。

年下だったからよかったのかもしれない。

男性、というより、部活のかわいい後輩だったから。


嫌なら別れればいい。

続くとは思っていなかったから、

無理に近づかないようにしていた。


そんなふうに自分が置いた距離を

むりやり詰めてこようとはしなかったから

今でもこの関係を保てている。


#3

結婚しようか。


彼の家でカレーを食べてゴロゴロしていたら

もう寝ようか、

みたいな音符で言われた。


どうしてこのタイミングなのか、

「はぁ」としか返せなかった。

こうして、初めての彼氏は夫になった。


プロになるまではそんなこと言える立場じゃない、と

時を見計らっていたようだったけれど、

楽しく何かを一生懸命やってくれていれば、私はなんでもかまわない。


それよりも、

もう少しプロポーズのタイミングを見計らってくれたら。

せめてホテルとかだったらなぁ。

彼は必死に過去の事実を変えようとしているけど、

残念すぎて結婚式のクイズにもしちゃったからね。


#4

部活での会計係は私だったけれど

我が家の会計係は彼だ。


毎月レシートを提出すると、

家賃も光熱費も食費も1円単位までふたりの負担額が同じになるようきっちり計算される。

信じられないレベルの明瞭会計。


洗濯物をたたんだり、

細かい担当を買って出てくれるのは助かる。


ただし家にいるときはちょっとしつこい。

「仕事中。扉叩くな」

と張り紙をしても、コンコンとしてくる。

人懐っこさと甘え上手は変わってない。


ちょうど良い具合に年の1/3は公演で旅立ってくれるので

その間に私は絵を描いたりする。


強弱をつける作業は、絵の描写と歌舞伎の台詞回しで似ている部分がある。

ただし歌舞伎では感情を何倍にもして表に出す。

絵を描く時とはまた違う表現だ。

体全体で現すというのが楽しかった。


残念ながら歌舞伎研究会は時代の流れに抗えず2年前に廃部になってしまった。

でも、教師をしている学校で子どもたちに教えられるし、

裏方としてOBの公演会も手伝う。


私が母役で彼が娘役なんて配役も学生のときはあったけれど

彼の舞台を見るのは母の気分かもしれない。

無事に幕がひかれるとほっとする。


新しい家ではDIYを楽しもう。

本当はお隣さんくらいの距離感でもいいのだけれど。

無理にスペースをとっているわけではない。

お互いに好きなことをしながらも話し会える相棒がいるのはいい。


朝が弱い彼のために、私は朝ごはんをつくる。

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age(30), gender identity(Male)

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ーいまどきじゃない重さ。ー


今度は続けたいから、甘える。

#1

我が家には3つのルールがある。

ひとつ。

喧嘩は翌日に持ち越さない。


これまでの相手とは、引きずってきた。

時間が流してくれることもあったけれど、

結局、どこかのタイミングでどこかに貯めた怒りが溢れ出て止められなくなり、

別れることになる。


同じ過ちは繰り返したくない。

だけど、過去から学んだことがあったとしたら

人は同じ過ちを繰り返す、ということ。


ただ、今回ばかりは初めて会った日に運命だと思った。

失いたくない。

だから、あのときやらなかったことを今、している。


ふたつめ。

言い合いをしたら最後に「幸せに!」と言い合う。

ある夫婦の習慣として紹介されていて素敵だなと思って。

本当に納得しないとその言葉を喉に詰まらせるから、彼は分かりすい。

何が飲み込めないのか、話し合う。

「幸せに」と返してくれるまで。


みっつめ。

でかける前に十字にキスをし合う。


どちらからともなくはじめたおまじない。

喧嘩してやらなかったときは

そのせいで何かあったらどうしよう、と不安になる。


仕事も手に付かないくらいなら

意地をはらずにすればいいのにね。


だから、毎日家に帰ってきてくれることが、

彼に対する一番の感謝。


#2

20年前とくらべて、出会い方はかなりかわった。

雑誌の帯情報から家の電話にかけていたときは、

ひとつひとつの出会いが貴重だった。


今は…

こっちがダメならあっち。

体の切れ目は縁の切れ目。

アプリを開けばかわいいこはたくさんいる。


盛り過ぎキメすぎの男たちが並ぶ中で、

酔ったピンボケ姿の1枚に心が持っていかれた。

「いいこに違いない」

おもわず全力で「いいね」していた。


3度目の誘いにしてやっと会えたのは

「雨で友達と出かける予定がキャンセルになった」という天の神様のおかげだった。


この世界では珍しく家族関係が良好で親思いなこと、

「映え」を気にした流行り物にとびつかないこと、

自分の20代が恥ずかしいくらいに将来のビジョンがしっかりしていること、

いまどきじゃない若者がそこにいた。


「付き合ってほしい」という言葉を1ヶ月ためてから伝えたら、

「1年待ってほしい」と12倍の長さになって返ってきた。


結局1ヶ月でイエスの返事をもらったけれど

1年でも待つつもりだった。


#3

結婚を前提に付き合いましょう。

そんな言葉をこの世界で言うと

「何言っているの」と笑われる。


誰かと一緒に住むこともせず一生を終える人もいる。

確かに私たちに結婚という節目はない。今のところ。

それでも、ふつうの人が家庭を築くように暮らしてみたらいいのに。


20代で6年半付き合った彼女とは、

いつか傷つけることになるかもしれないと、一緒になることを思いとどまった。

そのときに、だれかと結婚することも子どもを持つことも諦めてこの世界に飛び込んだ。


だけど…

親が自分を産んだ年齢になり、

「人を育てる」ということに挑戦をしたいと感じている。

結婚し、3人で暮らし、夢をつなぎたい。


それに、

自分が先に逝ったときに彼になにを残してあげられるのか。

自分がいなくなったら、彼は何を支えに生きていくのだろう。

強く生きてほしいから、彼に守るべきものを残したい。


そんなことも

ひとりで生きていくと思っていたときは考えなかったな。


#4

最初は年上ぶってツンツンしていたけれど

最近はもっぱら甘え役。


「不甲斐ない自分でごめんね」なんて

彼がくれる手紙はすごく嬉しいから、そんなことは書かせたくない。

いっそ自分が甘える側にまわれば、

という狙いもあったけれど

童心に返れるというのは長続きのひけつなんじゃないかと、

親のじゃれ合う姿を見て思ったから。


外でも気にせず彼の肩に寄りかかってしまうけれど

周りの目がまったく気にならないわけではない。

街で手をつないでも

変な目で見られない世界になりますように。


空いている手があるなら、

その手をつかんで引っ張っていきたいと思うから。


もう失敗したくないから、自立する。

#1

1年待ってもらえませんか。

そう言ったのは、相手が信用に足らないからではなかった。

2度繰り返した同じあやまちの、3事例目にはしたくなかったからだ。


いつも好きになるのは年上だ。

最終的に言われる「ごめん」の言葉のあとに

「重たいんだよ」というため息が聞こえるようだった。

起業したい、というのは、自立したい、という気持ちの現れかもしれない。


10以上年上の彼だって

はじめは「かわいい」と言ってくれていても、

自分が求めているものの重さを知ったら、

軽やかに他のこに移ってしまうのではないか。


今度は違う、と

初めて会ったときから気の合う仲間として話せた彼とは、

慎重に進めたかった。


#2

付き合いましょう。


1年待ってほしいと言ったのは自分だったけれど

そう手紙を渡したのは1ヶ月後だった。


友達と出かける予定だった彼は、

自分の心配そうな顔を見てその約束をキャンセルしてくれた。

これ以上待つ必要はない、と感じた。


同棲しなければ付き合っている意味がない、

ほどなく、一緒に住むことを提案された。

どうやら恋愛に対する重さは同じくらいらしかった。


「狭いので引っ越し先を見つけてから」と言われたけれど

新入社員研修の終わりと同時に、

彼が住んでいた一人暮らし用の部屋に越してきた。


近くにもう少し広くていい部屋を見つけたのだけれど、

直前で「男ふたりは…」と断られてしまった。

喧嘩をして壁に穴を開けたり、

どちらかが出て行ってしまって家賃を滞納されたりということがあるらしい。


ということで、

今もかわらず寝返りもうてないセミダブルベッドに並んで眠っている。


その件に関して誰にも文句は言えないし、

一度だけ抜けたベッドもふたりの重さに慣れてしまったようだけど、

ケンカをした夜だけは、どうも寝付けない。


#3

ごもごもしたものを抱えて寝たくない。

ずっとため息をついていると、

背を向けていた彼が「わかったから」と笑い出して起きてくる。

自分もなんで怒っていたのかおかしくなって吹き出してしまう。


彼と衝突するのは基本的に生活様式について。

自分はずっと実家暮らし、彼はひとり暮らし。

ずれはしかたない。


ぶつかるのはさらけだしすぎているからでもある。

医療現場で働いているという職業柄もあって、彼は衛生面にうるさい。

病気になって辛い思いをさせたくない、

そんな繊細な心配事を神経質に伝えてくる彼への感謝は

手紙で伝えるようにしている。


字を書くのが好きだ。

うまいへたは関係ない。

相手のことだけを思う時間が、好きだ。


LINEのデータは消えることがあっても手紙は消えることがない。

もうボロボロになってしまったものも、

彼は冷蔵庫に貼ってくれている。


#4

スカイツリーのふもとのガラス工房で一緒にコップをつくった。

毎日たくさん使うものだから、

初めての海デートをおもいだすような青色を入れて。


結婚を前提に付き合いましょう、

と言っても笑わない彼と、

ふたつ並べて水を注ぐ。

正式に自分たちの関係が認められる日を思いながら。


ーーーー

age(36), gender identity(Male)

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ー 足して、2でわらずにちょうどいい ー


ロジックにもならない愛に肯定されている

#1

ひどいことをされたと思った。

しかも私の誕生日に。

まったりと心許せる仲間内で過ごしたかったのに。

大声でズカズカ乱入してきて、

挙げ句の果てに翌日には「覚えていない」と言われた。


「あーいちばん苦手なタイプだ」

もう話もしたくなかったのに、

こういう時に限って他に席が空いていない。

いつも間に入ってくれる店員さんも今日は忙しそうだ。

しかたなく会話をしてみたものの、

思いつきで言葉をならべるだけだから、

ぜんぜんロジックが通ってない。

極め付けには、

「付き合わない?私たち、価値観合うと思うよ」って。


ありえない。


お互いのどこをどう解釈したらそうなるのか。

そもそも毎週福岡に来るけど酔っ払ってるところしか見たことないし、

ちゃんと仕事しているのか、この人は。


#2

そんな「C−」くらいの評価だったから、

「この間好きって言ってた漫画全部買ったよ」と言われたときはおどろいた。

さらに、頼んでもいないのに好きだと話したアニメについて私ですら知らないことまで調べてくれたときはびっくりした。


みんなに対してそうなのか、私だけなのか。

それはわからなかったけど、

どうやら、てきとうな人ではないらしい。


付き合ってもいいかも。

そう思ったから、夜景のきれいな場所を指定したデートで勇気をふりしぼってメッセージ入りのチョコレートを渡した。

どう気持ちを伝えようかと何日も悩んだ。

なのに…!

まっっったく気づかない。この人は。

そういえば、LINEをブロックしても怒らないような人だった。

そんな他人の言動の裏とかを微塵も疑わないところに惹かれた。

でも…!

時と場合によっては少し空気と気持ちを読んでほしい。


あなたのように素直に思ったことをそのまま言える人ばかりじゃないんだから。


#3

「今から京都いくよ!」

ある日くたくたになって帰宅したらそんな誘いがきた。

今から?

「疲れてるなら福岡でもいいよ」という気遣いもありがたかったけれど、

仕事で相当まいっていたのもあっていい気分転換になるかもなと、慌てて荷造りをして京都駅に向かった。

「そうだ京都、行こう」じゃないけれど、

“思い立ったら吉日”な彼女に、あのときは救われた。

まだ私たちは福岡と東京で別々に暮らしていたから、会う時は彼女が出張で福岡に来てくれるときで、

そこからどこかに出かけるという余裕もなかった。

だから、思えばあれが付き合って初めてのデートらしいデートだったな。


#4

同じ温度感の人が好きなタイプだったし、

自分には合うと思っていた。

でも今は、

月と太陽のようにまったく違う光を放つ彼女が、背中合わせのようにぴったりくる。

いつも彼女は、私の陰にも光を当ててくれる。

「努力家、がんばりや」そう周りから言われることが多かった。

それはいくつかのコンプレックスに対する反骨精神によるものだったかもしれない。

でも彼女は、私が自信を持てないことさえ、

「そこも、好き。かわいい」と愛してくれる。


ムカつくけど、尊敬している。


自分のことを大事にしてくれる人がいるんだと気づいた。

彼女の言葉はいつも正直で前向きだ。

それがうわべだけの同調でも慰めでもないことは行動が示してくれる。

彼女を通して自分を素直に肯定できるようになったんじゃないかと思う。


#5

東京で一緒に住みはじめたものの、

私のホームタウンで一緒に暮らすために転勤願いを出して福岡に来てくれた。

東京に比べたらこの街はまだ私たちにやさしくないところもある。

でも彼女がそばにいてくれるから一緒にがんばれる。


最近は油断をし始めたのか、

すっかり話を聞いてくれなくなった。

この間も気づいたらひとりで話続けていて、

「私はラジオじゃない!」とキレてしまった。


でもまぁ、

そこにあるようなないような、

でもないと何かが足りない。

そんなラジオくらいの距離感がちょうどいいのかもしれない。



かわいいだけじゃないトトロが雨の日に傘をさしてくれる

#1

私は彼女をトトロと呼んでる。

なんか本人が気にしてるらしい毛深さからじゃないし、

私のダイエットに付き合ったストレスでちょっと丸くなったからでもない。


トトロ。

私の中で ”最上級にかわいい” という代名詞。

トトロ。

そう呼ぶたびにいとおしくなる。


でも、

かわいいくせにあたまがいいのはずるい。


#2

だってロジカルなトトロなんて反則すぎる。

このあいだもまだ2言目で「それは違う」と話を遮られた。

せめて最後まで聞いてほしいのに。

まぁ、かなわないのはわかってるし、

反論したところで3倍返しされるだけだし、

次の日には何を議論したかも忘れちゃうけど。


それから、頭が良すぎて理解できないことがある。

「アリが10」と「幸せです」と「一緒にがんばろうね」のチロルチョコが告白の返事だなんて、

ちょっと私には難解すぎる暗号だったよ。

意味わかりますか?と聞かれたので、

「アリが10でありがとう、ってことでしょ?」と答えたら、

「付き合ってもいいってことですっ」って…

難しい。

1週間前にLINEをブロックされたばかりの人にそんなこと言われるなんて想像できる?


#3

「今から京都いくよ!」

桜を見に行きたいなと思って誘ってみた。

なんか最近疲れてそうだったし、

デートっぽいこともしてなかったし。

京都は何回行ってもいい。

冬の金閣寺も紅葉の金閣寺も素敵だし、

金閣寺だけ見てもいられない。


あの時はまだ東京と福岡で別々に暮らしていたから、京都で待ち合わせをして京都駅から別々の電車に乗って別れた。

彼女の背中を見送って、

あぁ一緒に帰れたらいいなと思って、

東京で一緒に暮らさない?と提案してみた。


ふたりでいろんなところに行きたい。

ほんとは海外にも行きたいんだけどトトロは乗り気じゃないみたい。

なんとか台湾に連れて行ったときも、

九份への列車の席が1両目と8両目になっちゃってすごく怒った。

もう行く場所も帰る場所も同じだから、

怖がらなくても大丈夫なのに。


#4

「いつもポジティブだね」と言われることも多いけど、実はそうでもない。

好き嫌いは激しいし、特に環境の変化には弱い。

福岡に来たらAmazonの配送が最短でも2日なんてショックすぎた。

そんな忘れた頃に届けられてもギフトじゃないんだから。

お米だって九州産しか売ってない。

それ以外にも「もうだめだー」と思うときがたくさんある。


そんな時トトロは、となりでそっと

「一緒にがんばろう」って言ってくれる。

がんばって、じゃなくて、一緒にがんばろう。

そう、

「一緒にがんばろう」が「付き合おう」のメッセージだった。


#5

そんなトトロの私の付き合う前の印象は最悪だったらしい。

毎週福岡に出張に行くたびに通っていたバーがあって、ある日トトロの誕生日会に乱入してしまった。

あの日は福岡で一番酔っ払ってた日で正直記憶がない。

翌日も同じバーに行ったら彼女の横しか空いてなくて、仕方なく隣に座った。


前に、「よく来るんですか?」と話しかけたら「別に」とそっけなく返されて、

「もう2度と話しかけん」と思っていたけど、

会話せずにはいられない状況になってしまった。

とりあえずいつもの調子で思いついたことをぽんぽん話していたら、

「それはこういうことなんじゃないですか」と私の話を冷静に整理してくれた。


そんな相反する感じがちょうどいいんじゃない?と思って好きになった。

見た目はだんだん似てきた気もするけど、根本的に中身はちがう。

周りから言われるように、

たしかに私たちは足して2で割ったらちょうどいいのかもしれない。


でも足りないところを補い合っているわけじゃない。

ただこの街で傘をさし合って、雨の日でも一緒に歩くのを楽しんでいる。


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