ーいまどきじゃない重さ。ー


今度は続けたいから、甘える。

#1

我が家には3つのルールがある。

ひとつ。

喧嘩は翌日に持ち越さない。


これまでの相手とは、引きずってきた。

時間が流してくれることもあったけれど、

結局、どこかのタイミングでどこかに貯めた怒りが溢れ出て止められなくなり、

別れることになる。


同じ過ちは繰り返したくない。

だけど、過去から学んだことがあったとしたら

人は同じ過ちを繰り返す、ということ。


ただ、今回ばかりは初めて会った日に運命だと思った。

失いたくない。

だから、あのときやらなかったことを今、している。


ふたつめ。

言い合いをしたら最後に「幸せに!」と言い合う。

ある夫婦の習慣として紹介されていて素敵だなと思って。

本当に納得しないとその言葉を喉に詰まらせるから、彼は分かりすい。

何が飲み込めないのか、話し合う。

「幸せに」と返してくれるまで。


みっつめ。

でかける前に十字にキスをし合う。


どちらからともなくはじめたおまじない。

喧嘩してやらなかったときは

そのせいで何かあったらどうしよう、と不安になる。


仕事も手に付かないくらいなら

意地をはらずにすればいいのにね。


だから、毎日家に帰ってきてくれることが、

彼に対する一番の感謝。


#2

20年前とくらべて、出会い方はかなりかわった。

雑誌の帯情報から家の電話にかけていたときは、

ひとつひとつの出会いが貴重だった。


今は…

こっちがダメならあっち。

体の切れ目は縁の切れ目。

アプリを開けばかわいいこはたくさんいる。


盛り過ぎキメすぎの男たちが並ぶ中で、

酔ったピンボケ姿の1枚に心が持っていかれた。

「いいこに違いない」

おもわず全力で「いいね」していた。


3度目の誘いにしてやっと会えたのは

「雨で友達と出かける予定がキャンセルになった」という天の神様のおかげだった。


この世界では珍しく家族関係が良好で親思いなこと、

「映え」を気にした流行り物にとびつかないこと、

自分の20代が恥ずかしいくらいに将来のビジョンがしっかりしていること、

いまどきじゃない若者がそこにいた。


「付き合ってほしい」という言葉を1ヶ月ためてから伝えたら、

「1年待ってほしい」と12倍の長さになって返ってきた。


結局1ヶ月でイエスの返事をもらったけれど

1年でも待つつもりだった。


#3

結婚を前提に付き合いましょう。

そんな言葉をこの世界で言うと

「何言っているの」と笑われる。


誰かと一緒に住むこともせず一生を終える人もいる。

確かに私たちに結婚という節目はない。今のところ。

それでも、ふつうの人が家庭を築くように暮らしてみたらいいのに。


20代で6年半付き合った彼女とは、

いつか傷つけることになるかもしれないと、一緒になることを思いとどまった。

そのときに、だれかと結婚することも子どもを持つことも諦めてこの世界に飛び込んだ。


だけど…

親が自分を産んだ年齢になり、

「人を育てる」ということに挑戦をしたいと感じている。

結婚し、3人で暮らし、夢をつなぎたい。


それに、

自分が先に逝ったときに彼になにを残してあげられるのか。

自分がいなくなったら、彼は何を支えに生きていくのだろう。

強く生きてほしいから、彼に守るべきものを残したい。


そんなことも

ひとりで生きていくと思っていたときは考えなかったな。


#4

最初は年上ぶってツンツンしていたけれど

最近はもっぱら甘え役。


「不甲斐ない自分でごめんね」なんて

彼がくれる手紙はすごく嬉しいから、そんなことは書かせたくない。

いっそ自分が甘える側にまわれば、

という狙いもあったけれど

童心に返れるというのは長続きのひけつなんじゃないかと、

親のじゃれ合う姿を見て思ったから。


外でも気にせず彼の肩に寄りかかってしまうけれど

周りの目がまったく気にならないわけではない。

街で手をつないでも

変な目で見られない世界になりますように。


空いている手があるなら、

その手をつかんで引っ張っていきたいと思うから。


もう失敗したくないから、自立する。

#1

1年待ってもらえませんか。

そう言ったのは、相手が信用に足らないからではなかった。

2度繰り返した同じあやまちの、3事例目にはしたくなかったからだ。


いつも好きになるのは年上だ。

最終的に言われる「ごめん」の言葉のあとに

「重たいんだよ」というため息が聞こえるようだった。

起業したい、というのは、自立したい、という気持ちの現れかもしれない。


10以上年上の彼だって

はじめは「かわいい」と言ってくれていても、

自分が求めているものの重さを知ったら、

軽やかに他のこに移ってしまうのではないか。


今度は違う、と

初めて会ったときから気の合う仲間として話せた彼とは、

慎重に進めたかった。


#2

付き合いましょう。


1年待ってほしいと言ったのは自分だったけれど

そう手紙を渡したのは1ヶ月後だった。


友達と出かける予定だった彼は、

自分の心配そうな顔を見てその約束をキャンセルしてくれた。

これ以上待つ必要はない、と感じた。


同棲しなければ付き合っている意味がない、

ほどなく、一緒に住むことを提案された。

どうやら恋愛に対する重さは同じくらいらしかった。


「狭いので引っ越し先を見つけてから」と言われたけれど

新入社員研修の終わりと同時に、

彼が住んでいた一人暮らし用の部屋に越してきた。


近くにもう少し広くていい部屋を見つけたのだけれど、

直前で「男ふたりは…」と断られてしまった。

喧嘩をして壁に穴を開けたり、

どちらかが出て行ってしまって家賃を滞納されたりということがあるらしい。


ということで、

今もかわらず寝返りもうてないセミダブルベッドに並んで眠っている。


その件に関して誰にも文句は言えないし、

一度だけ抜けたベッドもふたりの重さに慣れてしまったようだけど、

ケンカをした夜だけは、どうも寝付けない。


#3

ごもごもしたものを抱えて寝たくない。

ずっとため息をついていると、

背を向けていた彼が「わかったから」と笑い出して起きてくる。

自分もなんで怒っていたのかおかしくなって吹き出してしまう。


彼と衝突するのは基本的に生活様式について。

自分はずっと実家暮らし、彼はひとり暮らし。

ずれはしかたない。


ぶつかるのはさらけだしすぎているからでもある。

医療現場で働いているという職業柄もあって、彼は衛生面にうるさい。

病気になって辛い思いをさせたくない、

そんな繊細な心配事を神経質に伝えてくる彼への感謝は

手紙で伝えるようにしている。


字を書くのが好きだ。

うまいへたは関係ない。

相手のことだけを思う時間が、好きだ。


LINEのデータは消えることがあっても手紙は消えることがない。

もうボロボロになってしまったものも、

彼は冷蔵庫に貼ってくれている。


#4

スカイツリーのふもとのガラス工房で一緒にコップをつくった。

毎日たくさん使うものだから、

初めての海デートをおもいだすような青色を入れて。


結婚を前提に付き合いましょう、

と言っても笑わない彼と、

ふたつ並べて水を注ぐ。

正式に自分たちの関係が認められる日を思いながら。


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