ー 足して、2でわらずにちょうどいい ー


ロジックにもならない愛に肯定されている

#1

ひどいことをされたと思った。

しかも私の誕生日に。

まったりと心許せる仲間内で過ごしたかったのに。

大声でズカズカ乱入してきて、

挙げ句の果てに翌日には「覚えていない」と言われた。


「あーいちばん苦手なタイプだ」

もう話もしたくなかったのに、

こういう時に限って他に席が空いていない。

いつも間に入ってくれる店員さんも今日は忙しそうだ。

しかたなく会話をしてみたものの、

思いつきで言葉をならべるだけだから、

ぜんぜんロジックが通ってない。

極め付けには、

「付き合わない?私たち、価値観合うと思うよ」って。


ありえない。


お互いのどこをどう解釈したらそうなるのか。

そもそも毎週福岡に来るけど酔っ払ってるところしか見たことないし、

ちゃんと仕事しているのか、この人は。


#2

そんな「C−」くらいの評価だったから、

「この間好きって言ってた漫画全部買ったよ」と言われたときはおどろいた。

さらに、頼んでもいないのに好きだと話したアニメについて私ですら知らないことまで調べてくれたときはびっくりした。


みんなに対してそうなのか、私だけなのか。

それはわからなかったけど、

どうやら、てきとうな人ではないらしい。


付き合ってもいいかも。

そう思ったから、夜景のきれいな場所を指定したデートで勇気をふりしぼってメッセージ入りのチョコレートを渡した。

どう気持ちを伝えようかと何日も悩んだ。

なのに…!

まっっったく気づかない。この人は。

そういえば、LINEをブロックしても怒らないような人だった。

そんな他人の言動の裏とかを微塵も疑わないところに惹かれた。

でも…!

時と場合によっては少し空気と気持ちを読んでほしい。


あなたのように素直に思ったことをそのまま言える人ばかりじゃないんだから。


#3

「今から京都いくよ!」

ある日くたくたになって帰宅したらそんな誘いがきた。

今から?

「疲れてるなら福岡でもいいよ」という気遣いもありがたかったけれど、

仕事で相当まいっていたのもあっていい気分転換になるかもなと、慌てて荷造りをして京都駅に向かった。

「そうだ京都、行こう」じゃないけれど、

“思い立ったら吉日”な彼女に、あのときは救われた。

まだ私たちは福岡と東京で別々に暮らしていたから、会う時は彼女が出張で福岡に来てくれるときで、

そこからどこかに出かけるという余裕もなかった。

だから、思えばあれが付き合って初めてのデートらしいデートだったな。


#4

同じ温度感の人が好きなタイプだったし、

自分には合うと思っていた。

でも今は、

月と太陽のようにまったく違う光を放つ彼女が、背中合わせのようにぴったりくる。

いつも彼女は、私の陰にも光を当ててくれる。

「努力家、がんばりや」そう周りから言われることが多かった。

それはいくつかのコンプレックスに対する反骨精神によるものだったかもしれない。

でも彼女は、私が自信を持てないことさえ、

「そこも、好き。かわいい」と愛してくれる。


ムカつくけど、尊敬している。


自分のことを大事にしてくれる人がいるんだと気づいた。

彼女の言葉はいつも正直で前向きだ。

それがうわべだけの同調でも慰めでもないことは行動が示してくれる。

彼女を通して自分を素直に肯定できるようになったんじゃないかと思う。


#5

東京で一緒に住みはじめたものの、

私のホームタウンで一緒に暮らすために転勤願いを出して福岡に来てくれた。

東京に比べたらこの街はまだ私たちにやさしくないところもある。

でも彼女がそばにいてくれるから一緒にがんばれる。


最近は油断をし始めたのか、

すっかり話を聞いてくれなくなった。

この間も気づいたらひとりで話続けていて、

「私はラジオじゃない!」とキレてしまった。


でもまぁ、

そこにあるようなないような、

でもないと何かが足りない。

そんなラジオくらいの距離感がちょうどいいのかもしれない。



かわいいだけじゃないトトロが雨の日に傘をさしてくれる

#1

私は彼女をトトロと呼んでる。

なんか本人が気にしてるらしい毛深さからじゃないし、

私のダイエットに付き合ったストレスでちょっと丸くなったからでもない。


トトロ。

私の中で ”最上級にかわいい” という代名詞。

トトロ。

そう呼ぶたびにいとおしくなる。


でも、

かわいいくせにあたまがいいのはずるい。


#2

だってロジカルなトトロなんて反則すぎる。

このあいだもまだ2言目で「それは違う」と話を遮られた。

せめて最後まで聞いてほしいのに。

まぁ、かなわないのはわかってるし、

反論したところで3倍返しされるだけだし、

次の日には何を議論したかも忘れちゃうけど。


それから、頭が良すぎて理解できないことがある。

「アリが10」と「幸せです」と「一緒にがんばろうね」のチロルチョコが告白の返事だなんて、

ちょっと私には難解すぎる暗号だったよ。

意味わかりますか?と聞かれたので、

「アリが10でありがとう、ってことでしょ?」と答えたら、

「付き合ってもいいってことですっ」って…

難しい。

1週間前にLINEをブロックされたばかりの人にそんなこと言われるなんて想像できる?


#3

「今から京都いくよ!」

桜を見に行きたいなと思って誘ってみた。

なんか最近疲れてそうだったし、

デートっぽいこともしてなかったし。

京都は何回行ってもいい。

冬の金閣寺も紅葉の金閣寺も素敵だし、

金閣寺だけ見てもいられない。


あの時はまだ東京と福岡で別々に暮らしていたから、京都で待ち合わせをして京都駅から別々の電車に乗って別れた。

彼女の背中を見送って、

あぁ一緒に帰れたらいいなと思って、

東京で一緒に暮らさない?と提案してみた。


ふたりでいろんなところに行きたい。

ほんとは海外にも行きたいんだけどトトロは乗り気じゃないみたい。

なんとか台湾に連れて行ったときも、

九份への列車の席が1両目と8両目になっちゃってすごく怒った。

もう行く場所も帰る場所も同じだから、

怖がらなくても大丈夫なのに。


#4

「いつもポジティブだね」と言われることも多いけど、実はそうでもない。

好き嫌いは激しいし、特に環境の変化には弱い。

福岡に来たらAmazonの配送が最短でも2日なんてショックすぎた。

そんな忘れた頃に届けられてもギフトじゃないんだから。

お米だって九州産しか売ってない。

それ以外にも「もうだめだー」と思うときがたくさんある。


そんな時トトロは、となりでそっと

「一緒にがんばろう」って言ってくれる。

がんばって、じゃなくて、一緒にがんばろう。

そう、

「一緒にがんばろう」が「付き合おう」のメッセージだった。


#5

そんなトトロの私の付き合う前の印象は最悪だったらしい。

毎週福岡に出張に行くたびに通っていたバーがあって、ある日トトロの誕生日会に乱入してしまった。

あの日は福岡で一番酔っ払ってた日で正直記憶がない。

翌日も同じバーに行ったら彼女の横しか空いてなくて、仕方なく隣に座った。


前に、「よく来るんですか?」と話しかけたら「別に」とそっけなく返されて、

「もう2度と話しかけん」と思っていたけど、

会話せずにはいられない状況になってしまった。

とりあえずいつもの調子で思いついたことをぽんぽん話していたら、

「それはこういうことなんじゃないですか」と私の話を冷静に整理してくれた。


そんな相反する感じがちょうどいいんじゃない?と思って好きになった。

見た目はだんだん似てきた気もするけど、根本的に中身はちがう。

周りから言われるように、

たしかに私たちは足して2で割ったらちょうどいいのかもしれない。


でも足りないところを補い合っているわけじゃない。

ただこの街で傘をさし合って、雨の日でも一緒に歩くのを楽しんでいる。


ーーーー

age(34), gender identity(Female)

age(27), gender identity(Female)