ーさいごの初めての人ー


ハートのエースに描くこと

#1

「予定がある」と言っていたのに

その時間になってもなかなか帰ろうとしない。

「これ以上付き合わせるのは申し訳ないから」とやっと改札を抜けたけれど

やっぱりそのままバイバイとはならなくて

それぞれのホームに向かう前に、また立ち止まって話した。


「もしよければ付き合わない?」

の言葉までずいぶんあったのと、

周りがざわざわしていたのと、

今は焦って恋人を探していない、とカフェで言われたショックが残っていて

自分の回答もかなり遠回りになってしまった。


#2

焦らなくてもいい人が現れるから。

と、人生の先輩たちは言ってくれていたけれど、

それが明日なのか1ヶ月後なのか1年後なのか、

そんな日は永遠にこない気がしていた。


受験の失敗を失恋のせいにはしたくない。

だけど、一方的な恋はもうしたくない。

特に、人生において大切なときには。


夏には留学も決まり、

前に進んでいるのにどこか停滞しているところがある。

大好きな絵を描くことでも埋められない物足りなさと焦りの中で足踏みをしていたら

彼女が誘い出してくれた。


#3

「ほんとうにこんなことしてくれる人がいるんだ!」

という驚きと幸せを彼女はくれる。


帰省前に初めて手紙をもらったときは嬉しくてとにかく誰かに話したくて、

恋愛話を避けていたお母さんに見せてしまった。

今思い出すだけで涙が出てくる。


手紙を超えるものを返したくて、

相当悩んでトランプを贈ることにした。

英検が受かるお守りとか、

好きなところ①とか、

1枚1枚、柄や数字の隙間にイラストやメッセージをかいて、

一度に全部は埋めきれなかったけれど、

箱を開けたのがバレないようにまた封をして。

初めて一緒に旅行に行ったときに

「トランプしようよ」と言って渡した。


一番喜ばせたい人を笑顔にできる。

だから私は絵を描くのが好きだ。


#4

彼女のセンスは少し変わっている。

初めて会ったときはジャージだった。

もちろんそれがあえて外したおしゃれという主張は分かるのだけど、

「すっごいかわいい。だけどジャージの人」

というのが私の第一印象。


ふたりでお酒を飲むときに使っているフグ柄のおちょこは

最初に見つけたとき在庫がひとつしかなくて、

どうしてもペアでほしい!と店中を探し回った。

別の日、たくさんのフグが入荷されていて、とっくりと3点セットで揃えた彼女はすごく満足そうだった。

でも、飲むのは日本酒じゃなくてワインとかなんだけど。


一緒に勉強して、

一緒に映画に行って、

一緒におしゃれをして、

一緒にアクセサリーもつくる。

海外旅行もグランピングもしたい。


初めての思い出が増えるたびに

また好きなところが見つかる。

そしてそのたびに残りのトランプに、

また1枚描き足していく。

54枚埋まったら、ふたりで2箱目を開けよう。


上野駅の前置き

#1

何事も準備を万端にして進めたい派だ。

完璧主義なところは自分でも認める。

だけど、初めての告白は計画通りにはいかなかった。


恋人ほしい?

と聞かれて「今は焦ってない」と答えたのは、

ストレートにほしいと言うのが恥ずかしかったし

好きばれしたくなかったから。


「付き合ってください」とは、

会う前から伝えようと思っていたし、

シンプルに決めるつもりだったのに

タイミングも伝えかたもぐだぐだになってしまった。


ゴッホ展を見終わって、

くねくねと上野の街を寄り道した。

だけど、時間稼ぎも駅までが限界だった。


改札を抜けて、もし彼女がそのまま足を止めずに「じゃあね」と行ってしまったら

今日言うはずだった言葉を飲み込んで手を振るしかなかったかもしれない。

でも工事中のために少し天井が低くなっているところに溜まり場を見つけ、

初めてのデートを名残惜しむかのように立ち止まってくれた。


年末の上野駅は忙しなくて、

発着を告げるアナウンスは止まないし、

のんびり歩いている人はひとりもいなかった。

流れが止まっていたのはふたり分の空間だけで、

「早く」と急かさなかったのは彼女だけだった。

そして、長すぎた前置きをじっと聞いてくれた。


#2

だから2日後に2回目のデートをしたときには手紙を用意した。

今度はシンプルに。

家でゆっくり考えて書いてきた。

「付き合ってくれてありがとう。これからもよろしくね」と。

白い封筒は汚れないように茶封筒に入れて。

ハートのシールが手元になかったので画用紙に描いて切り抜いて貼った。


1ヶ月記念のデートでは

予約したお店にメッセージプレートを頼んでおいて、1本のバラを渡した。

きっと彼女はお花をもらったら喜んでくれる人だと思ったから。


#3

彼女と初めて会ったのは12月の半ばすぎで、友達の紹介だった。

無理に恋人をつくろうとは思っていなかったけれど

ジングルベルが流れる街で無駄な感傷に浸りたくはなかったので

クリスマスはサンタのいない国への単身旅行をすでに決めていた。


出会いを求めて行ったわけではなかったし、

気合を入れていると思われたくなかったからあえてカジュアルな服装を選んだのに、

彼女はきれいなドレスを着て現れた。

慣れないバーで足を浮かせながら友達を挟んで自己紹介した。


2軒目のお店で試した相性占いで

なぜかふたりは大恋愛をしやすいという組み合わせになった。

だから意識をし始めたわけではないけれど、

それがきっかけで話をするようになって、

「ハモる」場所があることに気付いた。


ふとハミングした歌が一緒だったり、

自分がまだ口にしていない心の内を彼女が言葉にしたり。

そんなのは偶然だとか気のせいだ、と思わなかったのは

彼女もそうだと言ってくれたから。


1週間後、友達に誘われたイベントでまた会った。

「静かなとことに行きたいね」と外に出て、毛布にくるまって話した。

「寒いからそろそろ戻ろう」とはどちらも言わなかった。

気付いたら3時間も経っていて、すごく満たされたのに物足りなかった。

また会いたい。今度はふたりで。

帰国後に、デートの約束をした。


#4

最近、彼女が少しずつ部屋を荒らしてくる。

ホテルのように余計なものがない部屋が理想なのに。

巣作り本能なのか、何か痕跡をのこそうとしているのか、

ただ単に片付けが苦手なのか。

完璧な状態がキープされないのは多少気になるけれど、仕方ない。


ぜったいこうあるべき、

と決めつけないところが好きだし

だから私を好きでいてくれるのだろうから。

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